やまぐち建築設計室

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■暮らしの質を設計する奈良県の建築家
■「間取りの前に、人生と暮らしを整える」住まいは単なる器ではなく、日々の感情や人間関係に影響を与える“生活の場”です。やまぐち建築設計室では、光と影、視線、距離感、動線、余白といった目に見えない価値を丁寧に設計し、静けさと品格のある住まいを提案しています。和モダン×ホテルライクを軸に、流行に左右されない、本質的な心地よさを。「間取りの前に、人生と暮らしについて話しませんか?」

選ぶ時間そのものを価値に変える。売場ではなく体験を設計する店舗。商材によりますが、「どう売るか」よりも「どんな時間を過ごしてもらうか」が問われます。急がせない。煽らない。比較させない。静かな空間で、落ち着いた距離感の中で、自然と気持ちが整っ...
23/04/2026

選ぶ時間そのものを価値に変える。
売場ではなく体験を設計する店舗。

商材によりますが、
「どう売るか」よりも
「どんな時間を過ごしてもらうか」が
問われます。

急がせない。
煽らない。
比較させない。

静かな空間で、
落ち着いた距離感の中で、
自然と気持ちが整っていく。

選ぶ時間そのものが、
信頼になり、
やがてブランドになる。

店舗設計は、
内装を整える仕事ではありません。

動線、視線、着座位置、光。
そして、
どんな言葉が交わされるかまでを
含めて設計する。

だから、
無理に売らなくても選ばれる。

オシャレなだけでは、
長く続かない。
高級なだけでも、
記憶には残らない。

時間を設計できる店舗、
選ばれる理由は、
空間の中にあります。

売場ではなく、
体験を設計する店舗づくり。
─────────────────────
選ばれる理由は、
空間の中にあります。

売場ではなく、
体験を設計する店舗づくり。

店舗設計・リニューアル
接客動線を含めた
空間コンサルまで対応しています。

やまぐち建築設計室
https://www.y-kenchiku.jp/
奈良県橿原市縄手町387-4(1階)
店舗・サロン・
ハイブランド商材を扱う空間のご相談は
プロフィールページのHPより
お問い合わせください。
─────────────────────
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浴室からの眺めを。坪庭をつくるから出来る事。1日の疲れを癒す夜の時間、逆に朝の時間にバスタイムを楽しむように。システムバスだけど周辺を癒す空間に仕掛ける事で生まれる効能は色々ありますよ。どんな時間を過ごしたいですか?過ごす場所と時間の密度を...
23/04/2026

浴室からの眺めを。
坪庭をつくるから出来る事。

1日の疲れを癒す夜の時間、
逆に朝の時間にバスタイムを
楽しむように。

システムバスだけど
周辺を癒す空間に仕掛ける事で
生まれる効能は色々ありますよ。

どんな時間を過ごしたいですか?
過ごす場所と時間の密度を
程よく過ごし方の価値観との
バランスをデザインするように。
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なぜ、収納を増やしても家は片付かないのか。建築家が考える「整い続ける暮らし」のつくり方片付かない家の本当の理由。収納を増やす前に、暮らしの設計を整えるということ住まいの相談を受けていると、かなり高い頻度で出てくる言葉があります。「うちは収納...
01/04/2026

なぜ、収納を増やしても家は片付かないのか。
建築家が考える
「整い続ける暮らし」のつくり方

片付かない家の本当の理由。
収納を増やす前に、
暮らしの設計を整えるということ

住まいの相談を受けていると、
かなり高い頻度で出てくる言葉があります。

「うちは収納が足りなくて」
「やっぱり片付かないのは、収納が少ないからでしょうか」
「今度家を建てるなら、とにかく収納を多くしたいんです」

もちろん、その気持ちはよく分かります。
日々の暮らしの中で、
物が出しっぱなしになり、
床の上やカウンターの上に何かが積み重なり、
気がつけば
片付けなければいけない空間になってしまう。
そうした状態が続けば、
「もっと収納があれば解決するのではないか」と
考えるのは、
とても自然なことです。

けれど、設計という仕事を通して
住まいを見続けていると、
少し違う景色が見えてきます。

片付かない家は、
必ずしも収納が少ない家ではありません。
むしろ、
収納はたくさんあるのに整わない家も、
実際には少なくありません。

この差は、
どこから生まれるのでしょうか?

私は、その答えは「収納量」ではなく、
動線と暮らし方の設計にあると考えています。

もっと言えば、
片付かない家というのは、
収納の問題である前に、
暮らしの流れと思考の整理が、
空間の中に落とし込まれていない状態なのです。
収納は多いのに、なぜ整わないのか

収納が増えれば片付く。
この考え方は、
半分正しくて、半分は違います。

たしかに、収納が極端に少なければ、
物の居場所は不足し、
暮らしは乱れやすくなります。
けれど実際には、
収納が多いことと、
住まいが整うことは、
同じではありません。

なぜなら、
収納とは「置場」に過ぎないからです。

どれだけ立派な置場を用意しても、
どこで使うのか、
どこに戻すのか、
どの頻度で使うのか、
誰が使うのか、
その判断が曖昧なままであれば、
収納はただの“押し込む場所”になってしまいます。

すると、何が起こるか。

ひとまず入れる。
あとで整理しようと思う。
見えないから大丈夫だと感じる。
でも、必要な時に取り出しにくい。
戻すのが面倒になる。
そしてまた、出しっぱなしが始まる。

この流れは、
かなり多くの家で起きています。

つまり、
片付かない原因は
「収納がない」ことではなく、
収納が、
暮らしの流れとつながっていないことにあります。

ここを見落としたまま
収納計画を立てると、
住まいはどこかで無理を抱えます。
その無理は、
日々の小さな手間として積み重なり、
やがて「片付けても整わない」
「頑張っているのに暮らしが軽くならない」という
違和感に変わっていきます。
整理収納は
テクニックではなく
価値観の整理である

整理収納という言葉は、
どうしてもハウツーとして受け取られがちです。

右脳派、左脳派などもそうですが、
テクニックだけでは基本的には完結しません。
環境が整っていないのですから。

どこに何をしまうか。
どう分類するか。
どんなケースを使うか。
見せる収納にするか、隠す収納にするか。

もちろん、それらも大切です。
ですが、本当に大切なのは、
もっと手前の部分です。

それは、何を大切にしたいのかということです。

どんな暮らしをしたいのか。
どんな朝を過ごしたいのか。
帰宅したとき、
どんな感覚で家の中に入りたいのか。
子どもとの時間をどう持ちたいのか。
家事にどれだけ時間と意識を使いたいのか。
空間を整えることに、
どの程度の意味を感じているのか。

これらは一見、
収納とは関係のない話に見えるかもしれません。
けれど、実はここが最も重要です。

なぜなら、収納とは、
単に物をしまう行為ではなく、
暮らしの価値観を
物理的な空間に翻訳する行為だからです。

例えば、朝の支度を静かに、
無理なく進めたい人と、
多少賑やかでも
家族が同じ場所で動いている方が
心地よい人とでは、
人の移動の軌跡である
動線の考え方は変わります。

家事を効率的に終わらせて
余白の時間をつくりたい人と、
家事そのものを生活のシーンとして
丁寧に味わいたい人とでも、
必要な収納のあり方は変わります。

つまり、整理収納の本質は、単に整頓ではなく、
自分たちの暮らしの価値観を
明確にすることなのです。

ここが曖昧なままでは、
どんなにテクニックをつかっても
見た目の美しい収納をつくっても、
どこかでずれてきます。

逆に言えば、
価値観が整理されていれば、
収納は必要以上に
大きくなくても機能します。

住まいは、価値観の器です。
だからこそ、
整理収納を考える時には、
先に何を持つかよりもどう生きたいかを
考える必要があります。
人は意思ではなく、
環境に影響され意識が連動して
行動している

ここで大切になるのが、
環境心理学の視点です。

人は、自分の意思だけで
暮らしているようでいて、
実際にはかなり多くの行動を
環境に影響されています。

手の届く場所にあれば使う。
見える場所にあれば意識する。
戻しやすければ戻す。
遠ければ面倒になる。
扉を開ける必要があれば一拍の負担が生まれる。
ワンアクションで済めば続く。
ツーアクション、
スリーアクションになると止まりやすい。

これは、
意志の強さや性格の問題ではありません。
人間の行動特性として、
ごく自然なことです。

だから私は、
片付けられないことを、
その人の能力や性格だけの問題として
考えるべきではないと思っています。

それぞれに、得意不得意の状態も異なります。
問題があるとすれば、
それは多くの場合、環境の側です。

使う場所と戻す場所が離れている。
一時置きの場所がない。
家族ごとの行動に対して収納の位置が合っていない。
動線の途中に滞留が起こる。
見えなくすることだけを優先して、
使い勝手が悪くなっている。

こうした小さな不一致が、
毎日の生活の中で少しずつ負荷となり、
結果として散らかるのです。

逆に言えば、
環境が整っていれば、
人は頑張らなくても整いやすくなります。

私はこれを、
「片付ける家」ではなく「片付く家」
という言い方で捉えています。

頑張って片付け続けないと
維持できない家は、
どこかに設計上の無理があります。
本来、住まいは、
努力を要求するものではなく、
暮らしを支えるものであるべきです。
動線は、暮らしの品位を決めている

動線という言葉は、
家づくりではよく使われます。
けれど、
その意味が「移動しやすさ」だけで
捉えられてしまうことも
少なくありません。

本来、動線とは、
単なる移動経路ではありません。
生活の流れそのものです。

帰宅したときの流れ。
朝起きてから身支度を整えるまでの流れ。
料理をして、配膳し、片付けるまでの流れ。
洗濯をして、干して、取り込んで、
畳んで、しまうまでの流れ。
子どもが学校から帰ってきて、
荷物を置き、手を洗い、宿題に向かう流れ。

住まいは、
こうした日常の流れを
何度も繰り返す場所です。
そして、
その流れが滑らかであればあるほど、
暮らしは整います。

動線が整っている家では、
無理な判断が減ります。
「とりあえずここに置いておこう」が減り、
「あとでやろう」が減り、
「どこにしまったっけ」が減っていきます。

その結果、
時間が節約されるだけではありません。
思考のノイズが減り、
気持ちの負担も減ります。

これが、とても大きいのです。

片付けや家事というのは、
身体的な負担だけでなく、
精神的な負担も伴います。
終わらない感じ。
残っている感じ。
いつも何かに追われている感じ。

住まいの中にこうした感覚が積み重なると、
空間は休まる場所ではなく、
常に何かを促してくる場所に
なってしまいます。

だからこそ、
動線設計は、
単なる効率の話ではありません。
暮らしの品位を整えるための設計
でもあるのです。
余白がない家は、心も忙しくなる

もう一つ、
整理収納を考えるうえで
非常に大切なのが、
余白の存在です。

収納を計画する時、
多くの人は
「できるだけたくさん入るように」と考えます。
それ自体は理解できますが、
実は「詰め込める」ことと「整いやすい」は別です。

収納が常にいっぱいの状態では、
出し入れに気を使います。
戻す時にも少し考えなければいけません。
少しでも物が増えると、すぐに溢れます。
その結果、
別の場所への仮置きが始まります。

つまり、収納に余白がないと、
暮らしにも余白がなくなるのです。

余白とは、
ただ空いているスペースではありません。
変化を受け止めるための器であり、
急な出来事や、
一時的な揺らぎを吸収するための
柔らかな部分を指します。

家族で暮らしていれば、
毎日が完璧に予定通りに
進むわけではありません。
忙しい日もあれば、
体調が優れない日もある。
来客もあれば、
季節によって持ち物も変わる。
子どもの成長によって必要な物も変わっていく。

そうした変化に対して、
住まいが固くできすぎていると、
すぐに破綻します。
一方で、
余白を持って設計された住まいは、
変化を受け止めることができます。

私は、
住まいにとってこの
受け止める力は
とても重要だと思っています。
見た目の美しさ以上に、
暮らしの安定感を支えるものだからです。
片付けの問題は、
人生における「時間の使い方」の問題でもある

少し大げさに聞こえるかもしれませんが、
片付けや整理収納の問題は、
実は人生の時間の使い方にもつながっています。

探し物に時間を取られる。
出しっぱなしの物が気になって
気持ちが落ち着かない。
片付けなければという意識が、
頭のどこかにずっと残っている。
家事に追われて余裕がなくなる。
疲れているのに、
家の乱れを見るだけでさらに気持ちが重くなる。

こうした状態は、
単なる「部屋の乱れ」ではありません。
その人の時間や感情の流れにまで
影響を与えています。

だから私は、
整理収納の「依頼」を受ける時にも、
単に収納の数や棚の寸法の話だけで
終わらせてはいけないと考えています。
本当に大切なのは、
その家でどんな時間を過ごしたいのか。
どんな気持ちで帰宅したいのか。
どんな朝を迎えたいのか。
その先に、
どんな人生の質を求めているのか。
そこに触れないと、
本質的な解決にはならないからです。

片付いた家とは、
単に物が隠されている家ではありません。
時間と気持ちが整えられている家でもあるのです。
新築でも、リフォームでも、
最初に考えるべきこと

これから家を建てる方、
リフォームやリノベーションを
検討している方に、
ぜひお伝えしたいことがあります。

それは、収納計画を考える前に、
暮らしのシナリオを考えてほしいということです。

朝、誰が最初に起きるのか。
帰宅した時、
上着や荷物はどこへ行くのか。
食品や日用品のストックは、
どのタイミングで管理するのか。
洗濯は誰が担い、どこで畳み、
どこにしまうのか。
子どもの物はどこまで親が管理し、
どこから自分で管理させるのか。
仕事と暮らしの切り替えは、
空間のどこで行うのか。

こうしたことを丁寧に見ていくと、
必要な収納の量も位置も、
かなり具体的に見えてきます。
そしてその時初めて、
「この家には何が必要で、何は不要か」が
分かるようになります。

家づくりでは、
どうしても「設備」や「大きさ」、「数」に
目が向きやすくなります。
けれど、
本当に暮らしを支えているのは、
数字では測れない部分です。

どれだけ心地よく動けるか。
どれだけ自然に戻せるか。
どれだけ意識せずに整い続けるか。

そこにこそ、設計の力があります。
暮らしを設計するということ

やまぐち建築設計室では、
住まいを単なる器としては考えていません。
住まいとは、
人生を受け止める環境であり、
日々の感情や関係性や
時間の質を支える場だと考えています。

だから、収納も動線も、
単独で扱うことはありません。
それらを
暮らし全体の中で位置づけて考えます。

片付けやすさ。
家事のしやすさ。
家族の距離感。
静けさ。
余白。
視線の抜け。
気持ちの切り替え。
光の入り方。
陰影のあり方。
落ち着ける場所の存在。

そうした一つ一つが重なり合って、
住まいの質は決まっていきます。

そして、その質は、
単に便利かどうかではなく、
どう生きたいかに深く関係しています。

住まいを整えるということは、
暮らしを整えることです。
暮らしを整えるということは、
自分たちの価値観を
整えることでもあります。

だからこそ、
収納を増やす前に、
暮らし方を設計する。
その順番が、とても大切なのです。
片付かないことを、責めなくていい

もし今、家が片付かないことに
悩んでいる方がいたら、
まずお伝えしたいことがあります。

それは、
自分を責めなくていい、
ということです。

片付けが苦手だから。
自分がだらしないから。
忙しくてできていないから。

そうやって考えてしまう方も多いのですが、
実際には、
それだけではありません。
多くの場合、
住まいのどこかに、
生活のどこかにも
暮らしとのずれがあります。

そのずれを見つけ、
整えていくこと。
それができれば、
住まいはもっと自然に、
もっと無理なく整っていきます。

片付けとは、
我慢や根性の問題ではありません。
収納とは、
数を増やせば済むものでもありません。

本当に必要なのは、
暮らしの流れを見つめ、
価値観を整え、
それを空間に丁寧に翻訳することです。

その先に、
散らからない家ではなく、
整い続ける住まいがあります。

間取りの前に、
人生と暮らしについて話しませんか。

住まいは、
正解を押しつけるためのものではなく、
その人らしい日常を
支えるためのものだと、
私は考えています。

今回の投稿記事の内容が、
片付けや整理収納について
悩んでいる人にとって
暮らしと人生を見つめ直す
キッカケになれば幸いです。
#間取 #収納 #家づくり #片付け

内と外を曖昧にする住まい大開口テラス戸がつくる、シームレスな空間設計と上質な暮らし住まいを考えるとき、多くの人は「広さ」や「部屋数」から発想を始めます。リビングは何帖必要か。収納はどれくらい欲しいか。家事動線はどう整えるか。どこにワークスペ...
31/03/2026

内と外を曖昧にする住まい
大開口テラス戸がつくる、
シームレスな空間設計と上質な暮らし

住まいを考えるとき、
多くの人は「広さ」や「部屋数」から発想を始めます。

リビングは何帖必要か。
収納はどれくらい欲しいか。
家事動線はどう整えるか。
どこにワークスペースを設けるか。

もちろん、それらはとても大切です。
けれど、
実際に暮らし始めてから
日々の心地よさを左右するものは、
数字で表しやすい条件だけではありません。

むしろ本当に暮らしの質を決めているのは、
空間と空間のつながり方であり、
光の入り方であり、
視線の抜け方であり、
そして、内と外の関係性です。

同じ30坪台の住まいでも、
驚くほど広く感じる家があります。
逆に、
面積としては十分に確保されているのに、
どこか窮屈に感じてしまう家もあります。

この違いは、
単純な広さの差ではありません。
空間の設計思想の差です。

今回のテーマである
「大開口テラス」は、
まさにその設計思想を象徴する存在。
単に大きく開く窓の話ではありません。
室内と外部の境界をやわらかくし、
暮らしの感じ方
そのものを変えていく装置であり、
住まいの質を引き上げる重要な要素。

内と外が曖昧につながる住まいには、
なぜ独特の開放感があるのか。
なぜ、その空間は上質に感じられるのか。
なぜ、そこにいる時間
そのものが豊かになるのか。

今回は、その本質について、
少し丁寧に掘り下げてみたいと思います。

住まいの「広さ」は、
面積ではなく関係性で決まる

住まいづくりのご相談をいただくとき、
多くの方が
「広くて開放感のある家にしたい」と
おっしゃいます。
それはとても自然な感覚です。

ただ、ここで一度考えたいのは、
「広い」とは何か?
ということです。

床面積が広いことが、
そのまま開放感につながるとは限りません。
実際には、数字上の広さと、
身体が感じる広がりにはズレがあります。

人は、視線が抜けると空間を広く感じます。
光が奥まで届くと、
空間に伸びやかさを感じます。
風が流れると、
空間に閉塞感がなくなります。
さらに、内と外が分断されず
緩やかにつながっていると、
その住まい全体に余白が生まれます。

この“余白”がとても大切です。

余白とは、
単に空いている
スペースのことではありません。

気持ちが窮屈にならないための、
精神的なゆとりでもあります。
空間に余白があると、
暮らしにも余白が生まれます。

朝の光の中でコーヒーを飲む時間、
何もせずに庭を眺める時間、
風を感じながら少しだけ深呼吸する時間。
そういう時間が自然に日常の中に入り込んできます。

大開口テラスは、
この余白をつくるための設計要素のひとつです。

壁で分断されていた内と外を、
ガラスという
透過性のある境界に置き換えることで、
空間の関係性が変わります。
すると、
室内の床面積そのものは変わらなくても、
住まい全体の感じ方が大きく変わるのです。

広さを増やすのではなく、
広がりを設計する。
この発想は、
これからの住まいにおいて
ますます重要になると感じています。

大開口テラスは、
単なる「大きな窓」ではない

大開口テラスという言葉を聞くと、
まずは「大きく開く窓」や
「ガラス面の大きなサッシ」を
思い浮かべる方が多いかもしれません。
もちろん、それも間違いではありません。

けれど、
本質はそこではありません。

大開口テラスが持っている価値は、
「採光を増やすこと」だけでも、
「見た目を豪華にすること」だけでもなく、
住まいの中にある
境界の質を変えることにあります。

一般的な窓は、
内と外を切り分けるためのものとして
扱われることが多いです。
外の光や風景を取り込む役割はあっても、
あくまでも室内側が主で、
外部はその向こう側に
あるものとして認識されます。

一方、大開口テラスは、
境界でありながら
境界を感じさせにくくします。
開けたときにはもちろん、
閉じていても視線の連続性を生み、
室内と外部が対立関係ではなく、
連続した関係になるよう導きます。

この違いはとても大きいです。

単なる窓なら「外を見る」感覚ですが、
大開口テラスでは
「外とつながる」感覚になります。

この“見る”と“つながる”の違いは、
住まいの豊かさに直結します。
見るだけの外部は風景で終わりますが、
つながる外部は居場所になります。

だからこそ、
テラスや中庭が単なる飾りではなく、
暮らしの一部になっていくのです。

内と外を曖昧にすることで、
生まれる心地よさ

住まいの質を高めるうえで、
私は「内と外をどうつなぐか」を
とても重視しています。
単にデザインが美しいからではなく、
人の心と身体が、
そのつながりによって
大きく影響を受けるからです。

完全に閉じた室内は、
安心感を生みやすい一方で、
時に息苦しさを伴います。
逆に、外に開きすぎた空間は、
開放感はあっても
落ち着きに欠けることがあります。

大切なのは、
そのどちらかに振り切ることではなく、
安心感と開放感のバランスを
整えることです。

そのために有効なのが、
「曖昧な境界」です。

室内でもあり、外でもある。
完全に閉じているわけでもなく、
完全にさらされているわけでもない。
そんな中間的な領域があることで、
人は心地よさを感じやすくなります。

縁側や土間、
深い軒下のような
日本の住まいの知恵にも、
同じ考え方があります。
昔の住まいは、
今よりもずっと自然と近い距離で
つくられていました。

内と外をきっぱり切り分けるのではなく、
そのあいだに柔らかな領域を持たせていたのです。

大開口テラスを用いた空間設計は、
現代の住まいに
その感覚を再解釈する試みとも言えます。
ガラスによって視線は抜け、
床の連続性によって身体感覚もつながり、
テラスや中庭がただの屋外ではなく、
暮らしの延長として機能し始める。

そのとき住まいは、
単なる機能の集合体ではなく、
感情に寄り添う環境になります。

家に帰ってきたとき、
ふっと肩の力が抜ける。

朝、カーテンを開けた瞬間に気持ちが整う。

夜、照明に照らされた庭を眺めながら
静かな時間を過ごせる。

そうした体験の積み重ねが、
住まいの上質さにつながります。

なぜ上質な住まいほど
「内と外の連続性」を大切にするのか?

上質な住まいには、
共通する静けさがあります。
それは単に高価な素材を使っているとか、
家具が洗練されているとか、
そういう表層的な話だけではありません。

空間の構成に無理がなく、
視線や動線や光の流れが自然で、
心がざわつかない。

そうした状態が整っている住まいには、
独特の品があります。

その品の源のひとつが、
内と外の連続性です。

例えば、リビングの先にテラスがあり、
その先に植栽があるとします。
そのとき、
室内の壁で視線が止まるのではなく、
外へ向かって緩やかに抜けていくと、
空間には奥行きが生まれます。
奥行きがある空間は、
それだけで落ち着きがあります。

また、
外部に緑や空や光の変化があることで、
室内の時間感覚も豊かになります。
朝と昼と夕方で、
同じ空間が少しずつ表情を変える。
季節によって光の角度や木々の見え方が変わる。
雨の日には濡れた庭の静けさが加わる。
こうした自然の移ろいが
取り込まれることで、
住まいは単調な箱ではなくなります。

ホテルライクな空間に
惹かれる方が多いのも、
実はこの“整えられた余白”や
“外部との関係性”が理由のひとつです。
上質なホテルは、室内だけで完結していません。
窓の向こうの景色、
光の入り方、
外部とのつながり方まで含めて、
体験として設計されています。

住宅でも同じです。

インテリアだけを整えても、
本当の意味で上質な空間にはなりません。
内装・家具・照明・素材・視線
外部環境が一体となってはじめて、
空間の完成度は高まっていきます。

大開口テラスは、
その一体感を生み出す接点です。
内装と外構を切り分けず、
室内と庭を別物として扱わず、
住まい全体をひとつの環境として捉える。
この発想こそが、
上質な住まいへの入口だと思います。

テラスは「見せる場所」ではなく
「使う場所」であるべき

設計相談の中で、
中庭やテラスに
憧れを持たれる方はとても多いです。
その感覚はよく分かります。
外部空間があることで
住まいに広がりが生まれ、
日常に豊かさが加わるからです。

ただし、ここで大切なのは、
テラスを“見せ場”として
終わらせないことです。

写真映えする美しいテラスを
つくることはできます。
けれど、暮らしの中で
実際に使われないのであれば、
それは本当の意味で
豊かな空間とは言いにくい。

大切なのは、
使いたくなる関係性をつくることです。

リビングから一歩で出られる。
段差が少なく、
動線が自然につながっている。
外に出ることへの心理的なハードルが低い。
視線が先に外へ抜けているから、
存在を常に感じられる。
このような条件が揃うと、
テラスは自然に日常へ入り込んできます。

朝、少し窓を開けて空気を入れ替える。
休日に外でお茶を飲む。
夕方に庭の植栽を眺める。
子どもが少しだけ外へ出る。
季節の良い時期には食事の延長として使う。

こうしたささやかな
使われ方の積み重ねが、
テラスを「もうひとつの部屋」に変えていきます。

その意味で、
大開口テラスは非常に重要です。
外へ出るための装置であると同時に、
外を日常の延長に変える装置でもあるからです。

本当に心地よい空間は、
視線の設計が整っている

住まいの快適性を考えるとき、
多くの方は動線や収納には注目されます。
もちろんそれらは非常に重要です。
しかし、
意外と見落とされがちなのが
「視線の設計」です。

人は、無意識のうちに
常に視線の影響を受けています。
視線がすぐ壁に当たると、
空間を狭く感じやすい。
視線の先に雑然としたものがあると、
気持ちも落ち着きにくい。
逆に、視線の先に庭や空や
陰影のある壁面があると、
気持ちが整いやすい。

大開口テラス戸がある空間では、
この視線設計が非常に豊かになります。
例えばソファに座ったとき、
真正面にテレビだけがあるのではなく、
その横や先に庭の気配がある。

ダイニングで食事をするとき、
窓の外に植栽の揺れが見える。
キッチンに立ったとき、
閉じた壁ではなく外の明るさが目に入る。

そうした視線の抜けがあるだけで、
同じ室内にいても圧迫感が大きく変わります。

また、視線が抜けることと、
守られていることは両立できます。
ここが設計の腕の見せどころです。

ただ開けばいいわけではありません。
外からの視線をどう遮るか、
どこに壁を立てるか、
どこを抜くか、
植栽や塀や軒でどう調整するか。
その絶妙なバランスによって、
安心感のある開放性が生まれます。

広く見せるだけの空間は、
どこか落ち着かないことがあります。
けれど、守られながら抜けている空間は、
人を深くリラックスさせます。

この“守られた開放感”こそ、
住まいの上質さを支える大切な要素です。

和モダンと大開口テラスの相性がよい理由

和モダンの住まいに
惹かれる方は多いです。
その理由は、
単に和風だからでも、
流行だからでもないと思います。

和モダンには、静けさがあります。
過剰に飾り立てず、
余白を活かし、
素材の表情や陰影を大切にする。
その控えめでありながら
深みのある空間性が、
今の暮らしにとても合っているのだと
思います。

この和モダンの考え方と、
大開口テラスは非常に相性が良いです。

なぜなら、
和の空間はもともと、
内と外のつながりを
大切にしてきたからです。
縁側、障子越しの光、庭との関係、深い軒、土間。
それらはすべて、
外部を敵にせず、
うまく取り込みながら
暮らしを整えるための知恵でした。

現代の住宅で同じことを
そのまま再現するのは
難しい面もあります。
断熱や気密、防犯、プライバシー、
メンテナンスといった新しい条件があるからです。
けれど、思想は継承できます。

大開口テラス戸を用いながら、
素材を整え、陰影を活かし、
外部空間を丁寧に設計することで、
現代的でありながら
どこか和の落ち着きを感じる住まいが生まれます。

木の天井や床、
落ち着いた左官調の壁、
整えられた植栽、控えめな照明。
そうした要素とともに
大開口が設計されると、
単なる豪華さではなく、
奥行きのある品格が生まれます。

それは、“見せるための高級感”ではなく、
“暮らすほどに深まる上質さ”です。

上質な暮らしとは、
派手さではなく「感覚が整うこと」

上質な暮らしという言葉を使うと、
豪華な設備や高価な家具を
想像されることがあります。
もちろん、
良い素材や良い家具には意味があります。
けれど、
本質はそこだけではありません。

本当に上質な暮らしとは、
日々の感覚が整うことだと思います。

朝起きたときの光が気持ちよい。
帰宅したときに空間が静かで落ち着く。
リビングに座ったとき、
どこか呼吸が深くなる。
家族と過ごす時間も、
一人の時間も、
どちらも無理なく受け止めてくれる。
そうした状態が日常にあることが、
住まいの上質さです。

そのためには、
見た目の印象だけでは足りません。
広さ、明るさ、温熱環境、
視線の抜け、音の響き、素材の肌触り、
外部との関係性。
それらが丁寧に重なり合って、
はじめて「なんとなく心地よい」が成立します。

この“なんとなく”は、
偶然ではありません。
設計された結果です。

大開口テラスも同じです。
ただ大きな開口を
設ければいいのではなく、
どこに向けて開くのか、
何を見せるのか、
何を隠すのか、
どう光を受けるのか、
どう居場所とつながるのかまで
考えてはじめて、
その価値が生まれます。

上質な暮らしとは、
表面的な華やかさではなく、
日々の感覚が少しずつ整っていくこと。
住まいがその土台になること。
それが、私が考える本質です。

間取りの前に、
「どう暮らしたいか」を考える

住まいづくりでは、
つい間取りの話から始まりがちです。
けれど本来、
間取りは答えであって、
出発点ではありません。

大切なのは、
どんな人生を送りたいのか。
どんな時間を大切にしたいのか。
何に心地よさを感じるのか。
どんな朝を迎えたいのか。
どんな夜を過ごしたいのか。

そうした暮らしの
イメージがあってはじめて、
必要な空間のあり方が見えてきます。

例えば、
家で過ごす時間の質を
大切にしたい方にとっては、
リビングとテラスの関係性は
とても重要です。
忙しい日常の中でも、
少しだけ外の気配を感じられるだけで、
心の余白は変わります。
家族との時間を大切にしたい方にとっては、
室内外のつながりが
コミュニケーションの質を
やわらかく整えることもあります。

一人で落ち着く時間を持ちたい方にとっても、
外部と静かにつながる居場所は
大きな意味を持ちます。

だからこそ、
間取りの前に、
暮らしのイメージを
考えることが大切です。

住まいは、
単に住むための箱ではありません。
人生を受け止める器です。
その器の質を左右するのが、
設計思想です。

大開口テラスは、
その思想を形にする
ひとつの方法にすぎません。
けれど、うまく機能したとき、
住まいに驚くほど豊かな変化をもたらします。

広さを足すのではなく、関係性を整える

大開口テラスが生み出す価値は、
単なる開放感ではありません。
内と外の関係性を整え、
暮らしの感じ方そのものを
変えていくことにあります。

室内とテラスがつながることで、
視線が抜け、
光が広がり、
風が流れ、
日常に余白が生まれる。

その余白が、暮らしを整えます。

住まいの質は、
広さだけでは決まりません。
むしろ、どのようにつながり、
どのように感じられるかが大切です。

上質な住まいとは、豪華な家ではなく、
感覚が整い、時間の質が上がり、
日常を少し豊かにしてくれる家です。

内と外を曖昧にする住まいには、
その力があります。
そして、その中心にあるのが、
空間の関係性を変えていく
大開口テラスのような存在です。

住まいをこれから考える方にこそ、
「どれだけ広いか」ではなく、
「どう広がるか」という
視点を持っていただけたらと思います。

その視点が、
家づくりを表面的な選択から、
本質的な設計へと変えていきます。

やまぐち建築設計室では、
間取りや設備を先に決めるのではなく、
まず「どのように暮らしたいか」を
大切にしています。

和モダンの静けさ。
ホテルライクな上質さ。
内と外がゆるやかにつながる、
落ち着きのある開放感。
そうした空間は、
見た目の美しさだけでなく、
暮らしの質そのものに関わってきます。

住まいづくりを考え始めたときこそ、
答えを急ぐのではなく、
どんな時間を大切にしたいのかを
見つめてみてください。

そこから始まる家づくりは、
きっと長く、深く、
暮らしに寄り添うものになるはずです。

静かに、凛として佇む。日本の住まいが本来持っていた「品格」を、現代の暮らしに合わせて丁寧に編み直した外観です。深い軒、瓦屋根の陰影、門まわりの落ち着いた構え。街に対して主張しすぎることなく、それでいて一目で「大切に設計された住まい」だと伝わ...
22/01/2026

静かに、凛として佇む。
日本の住まいが本来持っていた「品格」を、
現代の暮らしに合わせて
丁寧に編み直した外観です。

深い軒、瓦屋根の陰影、門まわりの落ち着いた構え。
街に対して主張しすぎることなく、
それでいて一目で
「大切に設計された住まい」だと
伝わる佇まいを目指しました。

住まいは、
大きさや豪華さを誇るためのものではなく、
住む人の価値観や人生の姿勢が、
静かににじみ出るもの。

和モダンの家に心惹かれる方、
これからの暮らしを見据えて
新築を考え始めた方に、
ひとつの考え方として、
参考にしていただければと思います。

やまぐち建築設計室では、
流行ではなく、
住まい手さんの気持ちと
時間に耐える住まいを設計しています。
#和モダンの家 #和モダン住宅 #和風モダン #注文住宅
#新築住宅 #家づくり検討中 #住宅外観 #和風住宅
#日本の家 #瓦屋根の家 #門構えのある家

間取りに正解はない。暮らしの最適解から考える、家族関係と暮らしの質を育てる住まい設計。家づくりを考え始めたとき、多くの人が最初に悩むのは「間取り」ではないでしょうか?。何LDKが正しいのか。個室はいくつ必要なのか。この間取りで後悔しないだろ...
30/12/2025

間取りに正解はない。
暮らしの最適解から考える、
家族関係と
暮らしの質を育てる住まい設計。

家づくりを考え始めたとき、
多くの人が最初に悩むのは
「間取り」ではないでしょうか?。

何LDKが正しいのか。
個室はいくつ必要なのか。
この間取りで後悔しないだろうか。

SNSや住宅サイトを見れば、
正解のように見える間取りが
無数に並んでいます。
けれど、
情報を集めれば集めるほど、
不安が消えるどころか、
むしろ増えていくと
思いませんか?。

それは、
あなたの判断力が
足りないからではありません。
「間取りには正解がある」
という前提そのものが、
迷わせているのです。

住まいは、
図面ではなくて
「時間」でできているということ。

間取り図は、
完成した瞬間が
いちばん美しく見えます。
整った線、
合理的な配置、
分かりやすい部屋割り。

けれど、
暮らしは図面の中にはありません。

朝、誰が一番に起きるのか?。
仕事や学校から、
どんな気持ちで帰ってくるのか?。
忙しい平日の夜、
家族はどんな距離感ですれ違うのか?。

住まいの価値は、
そこで過ごす時間の
積み重ねによって、
少しずつ形づくられていきます。

だから本当に考えるべきなのは、
「どんな間取りか」ではなく、
その間取りが、
どんな暮らしを生み出すのか?
という視点なのだと思います。

「無難な間取り」が、
なぜ違和感を生むのか・・・・・。

日本で長い期間
標準とされてきた
「n」LDKの間取りは、
採光やプライバシー、
面積効率の面では
とても合理的につくられています。

玄関から廊下を通り、
個室が並び、
奥にリビング・ダイニング
キッチンがある。
多くの方が、
一度は目にしたことのある
構成です。

けれど近年、
家族関係や暮らし方に
関する研究や現場の声から、
ある傾向が見えてきました。

それは、
家族が顔を合わせなくても
生活できてしまう間取りが、
無意識のうちに
関係性を
遠ざけてしまうことがある、
という事実です。

これは、
誰かの性格や
しつけの問題ではありません。
住まいの構造そのものが、
そうした距離感を
つくってしまうことがある
という話です。

間取りは、
暮らし方を「選ばせる装置」

多くの住宅では、
玄関から自分の部屋へ、
家族と顔を合わせずに
行くことができます。

話したいときは話す。
話したくないときは、
話さなくてもいい。

それ自体は、
悪いことではありません。
ただ、その状態が
「当たり前」になったとき、
家族の関係は
静かに変化していきます。

住まいは、
人を縛るものではありませんが、
人の行動や関係性を、
誘導する力を持っています。

「リビングを通る」という、
ささやかな設計思想

注目されている
考え方のひとつに、
「リビングアクセス型」の
間取りがあります。

玄関からリビングを通り、
そこから各個室へ向かう動線。

この間取りは、
家族に会話を
強制するものではありません。
管理するための
設計でもありません。

意識しなくても、
声をかけなくても、
自然と気配が伝わる。

顔を合わせる「可能性」を、
間取りがそっと残す
そんな控えめな仕掛けです。

個室を否定しない。
ただ、孤立させない。

個室は、
成長にとって
とても大切な空間です。
一人になれる場所。
気持ちを整える場所。
安心してこもれる居場所。

大切なのは、
個室をなくすことではありません。

その個室が、
逃げ込むための
最短距離になっていないか?。
家族と交わる前に、
すべてが
完結してしまっていないか?。

どんな順序で
空間を通過するのか?。
そこに、
住まい設計の本質があります。

「正解探し」から「最適解探し」へ

やまぐち建築設計室では、
家づくりの最初に
「何LDKにしますか?」
とは聞きません。

代わりに、
こんな問いを大切にしています。

どんな距離感が心地いいか?。
一日の終わり、
どんな空気で過ごしたいか?。
忙しくなったとき、
家族の関係はどうありたいか?。

最適解は、
家族ごとに違っていい。
むしろ、違って当然です。

間取り迷子になったときに、
思い出してほしいこと。

もし今、
情報が多すぎて決められない。
何が正しいのか
分からなくなっている。

そんな状態にあるなら、
それは失敗の
兆しではありません。

暮らしを本気で
考えている証拠です。

間取りに答えを求める前に、
一度だけ、
こう問いかけてみてください。

この家で、
私は、私たちは、
どんな気持ちで
一日を終えたいだろうか。

その感覚こそが、
家づくりにおける
最初で、
いちばん大切な設計条件です。

間取りは、人生の器である
ということ。

住まいは、
完成した瞬間がゴールではありません。
そこから先の人生を、
静かに、
確実に受け止め続ける器です。

無難な正解よりも、
暮らしに合った最適解を。

この文章が、
家づくりに迷っている
誰かにとって、
立ち止まり最適解を探す
キッカケになれば幸いです。

間取りを考える前に、暮らしを見直していますか?家づくりを考え始めると、多くの方がまず「間取り」に答えを求めます。けれど、設計の現場で強く感じるのは、間取りだけでは、暮らしは整わないという事実です。・家事動線を考えたのに、なぜか疲れる・収納は...
30/12/2025

間取りを考える前に、
暮らしを見直していますか?

家づくりを考え始めると、
多くの方がまず
「間取り」に答えを求めます。

けれど、
設計の現場で強く感じるのは、
間取りだけでは、
暮らしは整わないという事実です。

・家事動線を考えたのに、なぜか疲れる
・収納は多いのに、片付かない
・広さはあるのに、落ち着かない

こうした違和感の多くは、
設計の失敗でも、
住む人の努力不足でもありません。
暮らしの中身を
整理しないまま、
間取りが先に決まっている
ただ、それだけのこと。

やまぐち建築設計室は、
図面を描く前に、
暮らしそのものを一緒に整理します。

・朝の始まり方
・帰宅後の気持ちの切り替え
・家事の流れや役割
・休日に大切にしたい時間

これらは図面には
描かれませんが、
住んでからの満足度を
大きく左右する要素です。

また、
動線・収納・光は、
切り離して考えません。
使う場所の近くに収納があり、
動線の途中に「一時置き」があり、
光で気持ちが切り替わる場所がある。

そうした環境が整うと、
人は無理をしなくても、
自然と整った暮らしが続きます。

おしゃれな家は、
目指すものではなく結果。
暮らしの流れが整った先に、
静かな美しさが
にじみ出てくるものだと考えています。

もし今、
「何が正解か分からない」
「間取りを決めきれず不安」
そんな状態なら、
無理に答えを
出さなくて大丈夫です。

家づくりは、
早く決めた人が
成功するものではありません。
順序を間違えなかった人が、
後悔の少ない住まいに辿り着く。

そのための第一歩として、
暮らしから整えてみませんか?。

住まいの設計は、「色眼鏡」を外すところから始まります。家づくりのご相談をしていると、多くの方が無意識のうちに「こうあるべき」「和モダンとはこういうもの」という思い込みを抱えていることに気づきます。けれど、和モダンに明確な正解や型はありません...
30/12/2025

住まいの設計は、
「色眼鏡」を外すところから
始まります。

家づくりのご相談をしていると、
多くの方が無意識のうちに
「こうあるべき」
「和モダンとはこういうもの」
という思い込みを
抱えていることに気づきます。

けれど、
和モダンに明確な正解や型はありません。

大切なのは、
■ どこで気持ちが落ち着くのか
■ どこで呼吸が深くなるのか
■ どんな時間が増えたら嬉しいのか

そんな暮らしの反応を
丁寧に読み解くこと。

和モダンの本質は、
見た目のデザインよりも
光・陰影・視線
余白がつくる「環境の質」にあります。

・明るすぎない光
・視界に入る情報量を整える配置
・心の切り替えが自然に起こる動線

これらが揃うと、
家は「考えなくていい場所」になり、
日々の気持ちまで
穏やかに整っていきます。

やまぐち建築設計室では、
和モダンを「様式」ではなく
住まいへの
向き合い方だと考えています。

もし今、
住まいに対して
「言葉にできない違和感」や
「なんとなくの疲れ」を
感じているなら、
それは設計で解消できる
サインかもしれません。

暮らしの見え方を一度整理し、
その方に本当に合う
住まいのあり方を
考えてみませんか。

住まいは、
人生の時間と気持ちを
包み込む暮らしの環境。

その出発点を、
やまぐち建築設計室は
何より大切にしています。

ガレージハウスって、正直かっこいいですよね。設計相談の場で、この言葉を聞くことは少なくありません。車が好き。アウトドアが好き。あるいは、車と暮らしが自然につながる住まいに惹かれている。奈良での暮らしは、どうしても車と切り離せません。通勤も、...
30/12/2025

ガレージハウスって、
正直かっこいいですよね。

設計相談の場で、
この言葉を聞くことは
少なくありません。

車が好き。
アウトドアが好き。
あるいは、
車と暮らしが自然につながる住まいに
惹かれている。

奈良での暮らしは、
どうしても車と切り離せません。
通勤も、買い物も、休日の移動も。
車は単なる移動手段ではなく、
暮らしの一部です。

だからこそ、
・雨に濡れずに家に入れる
・車から玄関までが近い
・車の存在を住まいの中で感じられる

こうした価値に惹かれるのは、
とても自然な感覚だと思います。

一方で、
こんな不安の声も必ず出てきます。

・音やにおいは大丈夫?
・冬は寒くならない?
・本当に暮らしやすいの?

実はこれらの不安は、
「ガレージがあるから」
起こるのではありません。
多くは、
設計の考え方が
整理されないまま
進んだ結果です。

ビルトインガレージは、
便利な部屋ではなく、
外と内、
動と静をつなぐ「境界の空間」。

玄関土間や収納、
ワンクッションの動線を
どう挟むかで、
音・におい・温度の
感じ方は大きく変わります。

また、奈良の冬は
数字以上に「底冷え」を
感じる地域。
奈良県内でも標高差もある
宇陀市は特に・・・・。

断熱・気密・換気を
居住空間と同じレベルで
考えなければ、
「ガレージのせいで寒い家」
になってしまいます。

平屋か、二階建てか。
土地条件はどうか。
暮らしのリズムはどうか。

ガレージハウスに
万人向けのプランはありません。

向いている人もいれば、
車寄せ+外部収納の方が
満足度が高い人もいます。

だからこそ
やまぐち建築設計室は、
ガレージを「流行」ではなく、
暮らしを整えるための
設計要素として考えています。

本当に自分たちに
合うのだろうか?

そう迷っているなら、
その感覚こそが、
後悔しない家づくりの
スタートです。

ガレージハウスを、
憧れで終わらせないために。
暮らしから逆算した設計を、
考えてみませんか。

空き家は「売ること」が、ある意味ではいちばん難しい。不安を手放すための、実家片づけと空き家対策の始め方。「そろそろ何とかしないと」そう思いながら、時間だけが過ぎていく。空き家や実家について、そんな状態の方が本当に増えています。空き家問題は、...
30/12/2025

空き家は「売ること」が、
ある意味ではいちばん難しい。
不安を手放すための、
実家片づけと空き家対策の始め方。

「そろそろ何とかしないと」
そう思いながら、
時間だけが過ぎていく。
空き家や実家について、
そんな状態の方が本当に増えています。

空き家問題は、
ニュースで語られる
社会問題である以前に、
とても個人的で、
家族の記憶が絡む
暮らしの問題です。

実は、空き家が難しい理由は
建物が古いから、
だけではありません。

・相続や登記が整理されていない
・家財や庭木がそのまま残っている
・家族の気持ちが、まだ整理できていない

空き家は「建物」であると同時に、
家族の時間や関係性が
積み重なった場所でもあります。

だからこそ、
「売る」「壊す」「活かす」
という判断の前に、
心と現実、
両方の整理が必要になります。

やまぐち建築設計室が
空き家相談で大切にしているのは、
次の3つを順番に整えることです。

・モノの整理(家財・建物・敷地の状態)
・権利の整理(相続・登記・共有関係)
・気持ちの整理(家族の想い・後悔しない判断軸)

とくに最後の「気持ちの整理」は、
見落とされがちですが、
ここが整わないと
どんな選択も前に進みません。

空き家は、
見方を変えれば「負担」ではなく、
活かし方を選び直せる
資産でもあります。

・リフォームして貸す
・店舗や事務所として再生する
・管理しながら将来に備える
・土地と建物を分けて考える

正解は一つではありません。
だからこそ、
迷っている段階で
相談することが何より大切です。

やまぐち建築設計室では、
建築の視点だけでなく、
不動産・法律の
専門家と連携しながら、
何から始めればいいかわからない
状態の方の
最初の一歩を支える
相談を行っています。

・まだ売ると決めていない
・家族で話がまとまっていない
・ただ不安を聞いてほしい

そんな段階で大丈夫です。

空き家を、
負担から資産へ。
そして、未来につながる価値へ。

状況を整理するところから、
に考えてみませんか?。

暮らしと家族の記憶を、
無理なくほどくところから
始める空き家対策を丁寧に。

小さなストレスが積もらない家。理由ははっきりしないけれど、家にいると、なんだか疲れる。家づくりのご相談の中で、こうした言葉を耳にすることがあります。多くの場合、その原因は間取りが致命的に悪いわけでも、設備が足りないわけでもありません。暮らし...
30/12/2025

小さなストレスが積もらない家。

理由ははっきりしないけれど、
家にいると、
なんだか疲れる。

家づくりのご相談の中で、
こうした言葉を
耳にすることがあります。

多くの場合、その原因は
間取りが致命的に悪いわけでも、
設備が足りないわけでもありません。

暮らしのストレスの正体は、
ごく小さな違和感が、
毎日くり返されること。

・少し遠い
・少し暗い
・少し面倒
・少し気になる

この「少し」が積み重なり、
知らないうちに
暮らしの質を下げていきます。

やまぐち建築設計室では
家づくりを「何かを足す作業」
ではなく、
暮らしの中の負担を、
そっと引いていく設計だと
考えています。

・迷わなくていい
・考えなくていい
・我慢しなくていい

行動と間取りの
わずかなズレを整えるだけで、
人の気持ちは
驚くほど軽くなります。

小さなストレスが
積もらない家は、
派手ではありません。
けれど、住むほどに
心が整っていく住まいです。

もし今、
「言葉にできない違和感」を
住まいに感じているなら、
それは設計で
解消できる
サインかもしれません。

家は、
人生の時間を受け止める場所。
だからこそ、
目に見えない
心の負担にまで
丁寧に向き合う家づくりを
大切にしています。

この投稿が、
これからの住まいを考える
ひとつのヒントになれば
幸いです。

住所

奈良県
Kashihara-shi, Nara
634-0073

営業時間

月曜日 09:30 - 18:30
火曜日 09:30 - 18:30
水曜日 09:30 - 18:30
木曜日 09:30 - 18:30
金曜日 09:30 - 18:30
土曜日 09:30 - 18:30

電話番号

+81744472750

ウェブサイト

アラート

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