24/10/2021
阪神大震災後のわが社の変遷…
阪神・淡路大震災から27年…。
震災直後、完膚なきまでに激しくズタズタに被災し、万物が瓦解し、荒涼たる瓦礫跡地に茫然と立ち尽くし、私は曇天の空を見上げていました。
その後、ようやく踏み出した一歩は、新店舗「ブルーミンメドー(Blooming Meadows)」"花咲く草原"の建設、この店をその後二十年間直営しましたが、一昨年末コロナ禍の直前に閉店するに至りました。
昨年から新事業を立ち上げるべく、大型賃貸マンションの建設に乗り出すことになりました。
小社は本来、造園と園芸を生業とする会社ですが、私は漠然と安定経営ために、これからは本業と共に新たな事業柱を育ててゆかなければならないと考えておりました。
〜"花咲く草原"黄金期を経て〜
新店舗「ブルーミンメドー"花咲く草原"」は大震災の年(1995年)に着工、97年10月に完成し開業いたしました。
新店は、カナダ産杉(レッドシーダー)丸太組ログハウスと英国式庭園、露地庭と茶室を備え、平日はフレンチ・レストラン、週末はガーデン・ウエディングと披露宴、また音楽会も開催し、盛大にエキサイティングに、大いに人気を博し黄金期を経験しましたが、2019年12月惜しまれつつ閉店しました。
営業二十年間、当ガーデン会場から巣立った新婚さんはざっと1000組にのぼり、その後、そして現在もなおそうしたご夫婦から婚礼当時の感動を綴ったお便りを頂戴しております。
余談ですが、このログハウスは昨年解体され、杉丸太一式は大型トレーラー三台に乗って、信州の黒姫高原へ"お嫁入り"、地元でコミュニティ会館へ生まれ変わるべく、計画が進んでいます。
〜新たな事業柱構築への挑戦〜
当地は神戸市東灘区本山中町二丁目にあり、私の祖父(故人)が1935(昭和10)年に取得、渡辺農園と名付けて個人業による園芸と造園業をスタートしたものでした。
時代の変遷を経て、周辺環境は劇的に変化しましたが、この土地だけは生き残りました。
しかし大震災後二十余年を経て、再び更地に帰ったことになります。
私は祖父が残したこの土地に、大型賃貸マンションを建てようと決意しました。
主な理由は以下のものです。
1) 小社売上げの多くがブルーミンメドー店によるものとなり、本業の売上げ比率は著しく低下。今後本業は続行しながらも、かつての店舗に替わる新たな事業柱を築くべきだと考えたこと。
2) 当地周辺の、神戸市による固定資産課税は相当高額であり、ただ土地を持っているだけで毎年多額を納税、その納税のための収入を生む事業再開にせまられていたこと。
3) 東灘区内の本山や岡本周辺は居住地として近年、人気が高まっています。また地元の学校や大学など教育水準への評価は高く、遠方からも当地へ引っ越して来たいという、教育熱心な家庭層の根強い需要がある反面、地域内の土地や建物の供給はごく限られています。
一方で、独身者向け賃貸物件数はまだしも、とりわけファミリー向けは少なく、あったとしても築年数が古いということで、新築の家族用住居が強く要請されておりました。
〜地域に愛される居住空間目指し〜
新マンション「ブルーミンメドー本山」は、あと二ヶ月足らずで完成します。
これは RC(鉄筋コンクリート)造六階建ての二十六世帯ファミリー向け賃貸用で、ほぼ一年の工期を費やして来ました。
当物件は、敷地面積282坪、建築面積143坪、施工床面積656坪というものです。
竣工後は、不動産管理会社や金融機関等の協力と支援を得て、末長く地域の方々に愛される快適な居住空間を、安定して提供してゆきたいと願っております。
でも、町の景色は、このように変遷してゆくものなのですね…。
以上、ご拝読下さり、誠にありがとうございました😊