小さな木工所

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昭和初期を代表する木造住宅建築である「聴竹居」を取得し地元と共に保存活用竹中工務店(社長:宮下正裕)は、1928(昭和3)年に建設された名作住宅「聴竹居(ちょうちくきょ)」(所在地:京都府大山崎町)を取得しました。「聴竹居」は、竹中工務店の...
30/01/2017

昭和初期を代表する木造住宅建築である「聴竹居」を取得し地元と共に保存活用
竹中工務店(社長:宮下正裕)は、1928(昭和3)年に建設された名作住宅「聴竹居(ちょうちくきょ)」(所在地:京都府大山崎町)を取得しました。
「聴竹居」は、竹中工務店の設計部に在籍していた故・藤井厚二(※1)が、京都府大山崎町に建てた5回目の自邸です。和洋の生活様式の統合とともに日本の気候風土との調和を目指した昭和初期の木造住宅として、2000年にはDOCOMOMO JAPAN(※2)の日本を代表する「モダニズム建築20選」にも選定されています。
日本人のライフスタイルや感性と日本の気候風土に合わせた「日本の住宅」として先駆的存在で、歴史的・文化的価値が極めて高い「聴竹居」を、適切に維持・管理し保存活用して後世に遺していくことは、「サステナブル社会の実現を目指す」という当社グループのCSRビジョンの実現にもつながるものです。当社は2019年に、創立120周年を迎えますが、その記念事業の一環としても位置付けております。
なお、「聴竹居」は、「一般社団法人聴竹居倶楽部」を通じて今まで通り見学等が可能で、ご希望の方々には地元を中心としたスタッフで対応していきます(※3)。
今後は、「聴竹居」が所在する大山崎町や地元住民とより一層の連携・協力を図り、見学会やイベント等の開催や当社グループ社員による研修等での利活用、さらに歴史的建築物の保存活用に関する研究等、地域と一体となった建築文化の発信に努めて参ります。
※1)
藤井厚二(ふじい こうじ、1888~1938年)は、竹中工務店初の帝大卒の建築家として入社。6年ほど在籍、黎明期の設計部の礎を築く。「朝日新聞大阪本社(1916年)」、「村山龍平邸和館(1917年)」、「橋本汽船ビル(1917年)」などの設計を担当。1919年、竹中工務店退社後、京都帝国大学で教鞭(きょうべん)を執りながら自邸を次々と建て、その完成形としたのが「聴竹居」。真に日本の気候風土に適合した住宅の在り方を環境工学の点から科学的に考察した「日本の住宅(1928年)」を著す。
http://www.takenaka.co.jp/design/architect/01/index.html
※2)
モダン・ムーブメントにかかわる建物と環境形成の記録調査および保存のための国際組織の日本支部。
http://www.docomomojapan.com/
※3)
見学等をご希望される場合は、以下聴竹居のホームページの「問い合わせ先」からアクセスください。
http://www.chochikukyo.com/
物件概要
所在地
京都府乙訓郡大山崎町大山崎谷田31
構造規模
木造平屋建
延床面積
本屋 / 173m2  閑室/ 44m2  下閑室/ 33m2
竣工
1928年(本屋・閑室)1930年頃(下閑室)
http://www.takenaka.co.jp/news/2017/01/01/index.html

土木写真部さんからのお知らせ【軍艦島(長崎市高島町端島)】軍艦島は、長崎市端島にある海上炭鉱遺構。世界遺産。1810(文化7)年石炭発見・採炭が開始されたとされ、1890(明治23)年に三菱が買収、1974(昭和49)年に閉山しました。朽ち...
28/12/2016

土木写真部さんからのお知らせ

【軍艦島(長崎市高島町端島)】
軍艦島は、長崎市端島にある海上炭鉱遺構。世界遺産。1810(文化7)年石炭発見・採炭が開始されたとされ、1890(明治23)年に三菱が買収、1974(昭和49)年に閉山しました。朽ちていく姿の美しさに目を奪われます。( 撮影:マツ [松永 昭吾​])

土木写真部さんからのお知らせ明正井路一号幹線一号橋(大分県竹田市)は、大正8年に架設された我が国最大規模の水路用石造アーチ橋です。  「明正」の名の由来は、明治・大正時代に水路橋など一連の施設が計画・工事されたことによるもので、全長78mに...
28/12/2016

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明正井路一号幹線一号橋(大分県竹田市)は、大正8年に架設された我が国最大規模の水路用石造アーチ橋です。
 「明正」の名の由来は、明治・大正時代に水路橋など一連の施設が計画・工事されたことによるもので、全長78mにも及ぶ6連の石造アーチ橋は、その歴史的価値が認められ、土木学会の選奨土木遺産にも認定されています。(撮影:岡部章)
http://www.maff.go.jp/kyusyu/seibibu/history/17.html

土木写真部さんからのお知らせ住吉橋(大分県竹田市)は緒方川に架かる橋長33.0mの2連石造アーチ橋です。(大正12年(1923)竣工)交通の便の悪さを解消するために、地区の人々が資金を工面して架設した橋は、今でも地域の人々の暮らしを支え続け...
28/12/2016

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住吉橋(大分県竹田市)は緒方川に架かる橋長33.0mの2連石造アーチ橋です。(大正12年(1923)竣工)
交通の便の悪さを解消するために、地区の人々が資金を工面して架設した橋は、今でも地域の人々の暮らしを支え続けています。(撮影:岡部章)

土木写真部さんからのお知らせ祖谷のかずら橋(徳島県三好市にある日本三奇橋の一つで、重要有形民俗文化財) 長さ45m幅2m谷からの高さ14m重さ約5トンかずら橋(かずらばし)は、サルナシ(しらくちかずら)などの葛類を使って架けられた原始的な吊...
28/12/2016

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祖谷のかずら橋(徳島県三好市にある日本三奇橋の一つで、重要有形民俗文化財)
長さ45m
幅2m
谷からの高さ14m
重さ約5トン
かずら橋(かずらばし)は、サルナシ(しらくちかずら)などの葛類を使って架けられた原始的な吊り橋です
日本の橋100選
日本百名橋  (撮影 依田正広)

土木写真部さんからのお知らせ笹無田川に架かる若宮井路笹無田石拱橋(大分県竹田市狭田)は、橋長59m、幅4m、高さ30mにも及ぶ巨大な水路用石造2連アーチ橋です。(大正6年(1917年)竣工)  若宮井路の一部として明治34年(1901年)に...
28/12/2016

土木写真部さんからのお知らせ

笹無田川に架かる若宮井路笹無田石拱橋(大分県竹田市狭田)は、橋長59m、幅4m、高さ30mにも及ぶ巨大な水路用石造2連アーチ橋です。(大正6年(1917年)竣工)
 若宮井路の一部として明治34年(1901年)に通水した当初、笹無田川の横断は鉄管サイフォン式で行われていましたが、その圧力に耐えられず明治36年に崩壊。その後、木製の仮橋を経て大正5年に石橋を完成させ通水しましたが、5日後に崩壊、翌年に再建されたものが今でも活躍しているそうです。(撮影:岡部章)

20/12/2016

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20/12/2016

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Japan Event Info(日本のイベント紹介)さんからのお知らせ上時国(かみときくに)家住宅上時国家は、中世以来奥能登地方に強大な勢力を誇った旧家で、近世には奥能登にあった幕府領の大庄屋をつとめました。住宅は、1831年頃、現在地に...
01/12/2016

Japan Event Info(日本のイベント紹介)さんからのお知らせ

上時国(かみときくに)家住宅
上時国家は、中世以来奥能登地方に強大な勢力を誇った旧家で、近世には奥能登にあった幕府領の大庄屋をつとめました。
住宅は、1831年頃、現在地に屋敷を移し、主屋をはじめとする邸内の建築物は1857年頃までに完成したと考えられています。
手の込んだ造りの室内の造作や座敷飾り、土間廻りのは豪壮な梁組等、江戸末期の民家の一つの到達点といえるものです。
主屋は、桁行29.1mの大規模建築で、入母屋造、茅葺の身舎の周囲に桟瓦葺の庇を廻らせた構成になっています。
この上時国家住宅は、奥能登における村落支配の拠点となった住居で、大型の民家が多い北陸地方にあっても最大級の規模を有しています。
所在地:石川県輪島市
http://wajimanavi.lg.jp/www/view/detail.jsp?id=1190

住所

Minato-ku, Tokyo

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