親アーキテクツ / Shin Architects

親アーキテクツ / Shin Architects This page is for providing information about Shin Architects, its works and idea.

30/07/2023
最近は”コンテキスト”という言葉をあまり聞かない。皆そのことを考えていない訳ではないだろうが、以前は『都市のコンテキスト』がやかましく言われていた時期があったのと比べると、建築家の焦点は、今やそこからまったく違う場所に移ってしまったのではな...
24/02/2021

最近は”コンテキスト”という言葉をあまり聞かない。皆そのことを考えていない訳ではないだろうが、以前は『都市のコンテキスト』がやかましく言われていた時期があったのと比べると、建築家の焦点は、今やそこからまったく違う場所に移ってしまったのではないか、とすら感じる。しかし僕はこれが今でも、とりわけ街中に建物を建てる時には、優先して考えなければいけない重要なデザインの糸口だと信じている。やや古いタイプの人間なのかも知れない。
『都市のコンテキストを読む』、ひらったく言えば「自分の(設計している建物の)ことだけ考えるのでなく、周りをよく見てデザインしようね」、ということであろう。コンテキストとは訳せば『文脈』のことである。これには、今ここにある共時的な文脈もあれば、歴史の流れによる通時的文脈もある。後者は時に『地霊・ゲニウスロキ』と呼ばれる。

さて兜町の証券取引所の傍にオフィスビルを設計した。大手デベのM不動産が施主である。この辺り、兜町は、渋沢栄一らがこの地に東京証券取引所を設立して以来、銀行や証券会社が軒を連ねた場所である。今は電子取引が主流で、そういう会社も随分この地から出て行き、以前とは様変わりしつつある。とは言え今なお、古い証券会社の建物などが残っている場所である。

コンテキストを読むとは、何も昔の建物を昔の通り建て直そうというものではない。しかしこの地で、そういう歴史を無視して、自分を異質のものとして装うのは僕の趣味ではない。とりあえず、目の前には外壁を花崗岩で覆った東京証券取引所がある。それも含めて、兜町のコンテキストを裏切らない、しかし一歩前へ進めた建物デザインを提供することが肝要である。

石の扱いには僕の好みがある。細部をきちんとデザインする、ということは、シカゴにいた若い頃に学んだことである。

先週のことやが、天王洲アイルにあるレストラン「T.Y.Harbor」のリバーラウンジで仕事上のお付き合いのある方々と食事をした。リバーラウンジというのは添付写真の水に浮かんでいる船上に設けられた席のことで、昔はWaterlineと呼ばれてた...
12/10/2020

先週のことやが、天王洲アイルにあるレストラン「T.Y.Harbor」のリバーラウンジで仕事上のお付き合いのある方々と食事をした。リバーラウンジというのは添付写真の水に浮かんでいる船上に設けられた席のことで、昔はWaterlineと呼ばれてたけど、名前を変えたんやね。

ここはロマンチックな場所で、同席した人も口々に「日本じゃないみたい」、て言うんやが、「日本じゃないことが何で褒め言葉なんやねん!」て突っ込みとうなるは。でもほんまに「日本じゃない」みたいなあか抜けた場所や。知る人ぞ知るで、新型コロナ禍にも関わらずようはやっている。特にアベック(最近はカップルと言うのか?)がようけ来る。船の中は夏の京都の鴨川べり状態で、アベックが流れの方見て肩を並べて座っとる。その後ろを通って便所に行かなあかん。ちょっとドキドキする。血圧高めの人は気ぃつけた方がええ。

ここの開発には若い頃に随分関わった。この船上レストランも設計責任者としてやった仕事やが、ある程度年齢を重ねた頃やから、正確に言うと責任者ではあったが設計者ではない。金と人の手配、客との打合せとかをもっぱらやっていたのやが、そうは言っても思い入れはある。我田引水かも知れんが、ここの開発はウォーターフロントの開発としては東京でも随一やろう。ちょっと不便ないわゆる「一つ目小町」やね。

I had dinner last Monday with some of my colleagues and customers at restaurant "T.Y.Harbor" which is located beside a canal in Tennhozu area in Tokyo. The redevelopment work of this area started about 35 years ago, and I also got engaged in it almost from the start. I would say this is probably the best example of waterfront redevelopment projects in Tokyo. If you have a chance to come to Tokyo, don't miss it to visit and eat here.

府中のマンションの施主は個人の資産家の方で、デベロッパーは間に入っていない。そういう意味ではだいたい自分の思い通りに設計したものになる。若手のU君が図面を描いてくれた。しかしこの仕事のあと会社を辞めてしまった。こき使い過ぎたか。。。ここでも...
09/09/2020

府中のマンションの施主は個人の資産家の方で、デベロッパーは間に入っていない。そういう意味ではだいたい自分の思い通りに設計したものになる。若手のU君が図面を描いてくれた。しかしこの仕事のあと会社を辞めてしまった。こき使い過ぎたか。。。
ここでも街並のこと、道路からのアクセスを大事なテーマと考えた。いずれも集合住宅の設計では大事なことだと考えている。が今見ても、何かもっとできたはずとの後悔の念がぬぐえない。

集合住宅の設計は難しい。個人住宅の設計は京都の自宅の改修を少しやった程度で、ほとんど経験が無いが、集合住宅の設計の方が多分難しい。何分、決まったフレーム、それも経済優先で決まっている狭いフレームに住戸を押し込むということで、難しいパズルを解...
22/05/2020

集合住宅の設計は難しい。個人住宅の設計は京都の自宅の改修を少しやった程度で、ほとんど経験が無いが、集合住宅の設計の方が多分難しい。何分、決まったフレーム、それも経済優先で決まっている狭いフレームに住戸を押し込むということで、難しいパズルを解いている感覚だ。
元々は事務所やホテルの設計に関わることが多かったが、バブル崩壊の後そういう仕事は来なくなり、組織の存続のため、マンションの設計にも関わることになった。
しかし、あまり面白くはなかった。今思えばもっと真面目に取り組んでおくべきだったが、こういう物件はデベロッパーのノウハウに頼るところが大きく、こちらの発言権は小さい。
写真は門前仲町のプロジェクトで、竣工して早15年になる。
会社を辞めて独立していたY君に手伝ってもらったが、彼がよくやってくれたので、なんとかそこそこの形になっている。
敷地は雁行した複雑な形状で、道路も3カ所で接しているのだが、2カ所は路地状であり、ただ道路に出られるというだけのたこの足みたいな敷地であった。しかしそれが幸いで、道路斜線を逃れるために建物を後退させた結果、玄関の前に空地を取れた。
敷地は深川不動や鶴岡八幡にも近く、区もそういう地域性を生かして、和風の情緒ある街並を推進しようとしている。だからということで、手すりや正面玄関まわりは黒の格子を用いたが、厳しいコスト削減要求の中でなので、まあこのくらいが精一杯。
集合住宅は機会があればまた設計したい。住戸の設計は制約が多く、やれることは少ないが、玄関周りやラウンジなどの共用部分には色々と工夫できることがありそうに思う。都市に住まう人々が愛着を感じ、子供たちが感受性を育てる場所として、住まう場所を作れるなら面白いと思う。まあそこに予算をつけて貰えれば、という話だが。

08/03/2020

このページに来ているFBからのお知らせが溜まっているので、久々にこの自分のページを開いた。お知らせの内容は、と言うと、コンテンツを長らく作成してないから作成しろ、だの宣伝しろ、だのばっかりである。余計なお世話だ。こちらは、勉強しろと言われれば言われるほど勉強しなかった人間である。それにFBのこのいかにも商売してくる感じが嫌だ。余計に、ここに新しい記事を出す気を削がれる。

16/06/2019

幸いにこの歳になるまで、多くの師に恵まれたと思う。その中でもラスボス的存在が故増田友也である。
初めてこの人を見かけたのはもう45年前になる。京都大学建築学教室の中庭で、白い長髪を掻上げながら空を見上げていた老教授がその人であった。60過ぎても細身のジーンズがさまになっているカッコイイ建築家でもあった。
僕が師と仰ぐ方々の先生がこの人だから、まさにラスボスである。しかし僕はこの先生から距離を置いていたのである。その理由はここでは述べない。
中央にはおもねらなかった、あるいは縁が無かっただけかも知れない。その代わり当時の鳴門市長と仲が良かった。そのため鳴門市に増田作品が多く残っている。その増田友也設計の建物が老朽化を迎え、存続の危機に立たされているという。
僕は研究室OBの数人と鳴門市に向かったのである。
正直に言おう。みごとに圧倒された。
真に力を持った建築である。
今まで故意に距離を置いていたことが悔やまれるほどである。
これほどのものであったか。。。

およそ建築に関わる人たちは、いやそうでは無い方々にも、鳴門へ行ってこの現代建築の名作を見てほしい。
一言で言えば、「覚悟の建築」である。

My master of master Tomoya Masuda, who died 38 years ago, left lots of his masterpieces in Naruto city. They are now endangered because of their oldness. But you would be able to see their architectural value if you had chance to see and experience them. They might be what you should hand over to your children as I think they are surely the evidence of virtue in our time.

アリビラ・グローリー教会はデザインの方向性が決まった後、わずか3ヶ月後の2000年12月に着工され、これもまたわずか4ヶ月後の2001年4月に竣工した。記録を見て驚いている。設計期間、工事期間共に短く、今の認可制度の下では同じような時間で完...
21/03/2019

アリビラ・グローリー教会はデザインの方向性が決まった後、わずか3ヶ月後の2000年12月に着工され、これもまたわずか4ヶ月後の2001年4月に竣工した。記録を見て驚いている。設計期間、工事期間共に短く、今の認可制度の下では同じような時間で完成するのは無理だろうと思う。
 さてこの建物のデザインについてだが、とても現代建築のアカデミックな世界で受け入れてもらえるようなものではない。ただ、商業的には成功した。つまり一般の方々には受け入れられた、ということになる。そのことをどう考えたら良いだろう?
 私は建築教育を日本と米国の2つの教育機関で受けている。どちらの学校でもこういうデザインを教えてもらったことはない。むしろ時代に反する不健全な建築、評価の対象外として無視するように、自然と導かれていたわけである。しかしこのようなデザインは本当に邪道であろうか?そのような問題意識は今、私の頭の中で一つの課題として渦巻いている。
 批判を恐れず言うと、現代の日本でデザインされ、供給されている建物の多くは駄作であり、そうでない優れた建物のまたほとんどが、くそ真面目で面白みの無い建物となっている。それらの建物は今を生きる人々に、本当に喜びを与えているのだろうか?
 この100年から150年の近代建築運動の流れ着いたところを、今再び反省する時期に来ているのではないか、と思えてしょうがない。
 Alivila Glory Chapel was completed after only 4-month construction period. The design work itself was done only in 3 months. It is surprisingly short time when I realize it now, as regulations for building and construction industry have changed much since then.
In the meantime I would like to point out this building is indicating there might be a theoretical issue of modern architectural design. It is obviously out of the course of modern theory of architecture. This church, however, has been commercially successful since it was established. In other words it has been supported by plenty of people for the past 18 years.
I was educated in two schools. One in Japan, the other in USA. Both of the schools never taught me this type of architecture is correct to our time. But now I cannot but say I am doubtful if the theory of modern architecture is still absolute truth.
Most of the buildings in our time are just rubbish. But there are surely good buildings, too. Then those modern good buildings are mostly too serious. Are they really giving joy to the people who are living in our time?
It might be the timing now for us to reflect on what we have got after 150 years of the modern movement of architecture.

記録によれば、2001年4月に沖縄県読谷村にあるアリビラ・グローリー教会は竣工した。この教会は結婚式専門のいわゆる商業目的のチャペルである。このような建物の評価は難しいだろう。しかし竣工して18年目を迎えたこの教会は、今も沖縄で最も人気のあ...
16/03/2019

記録によれば、2001年4月に沖縄県読谷村にあるアリビラ・グローリー教会は竣工した。この教会は結婚式専門のいわゆる商業目的のチャペルである。このような建物の評価は難しいだろう。しかし竣工して18年目を迎えたこの教会は、今も沖縄で最も人気のある結婚式専門のチャペルである。そして今月末、私の次女はここで結婚式を挙げることになった。
 施主に対してデザイン案を示したのは2000年9月と、これもスケッチに日付が残されている。3案ほど示した結果、施主が選んだのがこの案である。デザインの方向性が決まった後、設計から監理まで部下のH君に任せた。工事中も自分自身はあまり現地に行かなかった。設計予算が少なく、予算を管理する立場上、行けなかったというのが本当の理由である。
 私のスケッチと実際に出来上がった建物を見れば、最初のデザインが如何に踏襲されているかが判るだろう。同時に左右が逆になっているのにも気づくと思う。その経緯は忘れた。というより、そのことにもはや関わらなかったように記憶する。
 ただ自分が言うと言い訳になるが、この建物はこの敷地に馴染んでいて違和感を感じない。それが何故なのかについて縷々考えるところはある。とまれ今月末、私の娘はこのチャペルにて晴の日を迎える。
 Alivila Glory Chapel in Okinawa Japan was completed in April 2001. I showed the first image of the chapel to the client in June 2000. It is a chapel only for wedding ceremony. Its image, which the client wanted to have, is more for commercial use. However it is still one of my most favorite works of my own.
My second daughter is scheduled to have her wedding ceremony here at the end of this month. What a nice daughter to me!

There was an argument who should design the courtyard between two high-rise buildings, because it was owned by different...
15/12/2018

There was an argument who should design the courtyard between two high-rise buildings, because it was owned by different two clients. I was the architect for Tokyo MI building while RIA architects was the one for Sphia Tower.
So the clients agreed after all that a new designer would take up this job. Mr. K of Studio DUCA came out in this way. He is the designer of this courtyard. But he basically did only schematic design and I took it over until the end of the construction document stage.
A quarter century after the completion I think it has become a matured and human garden.
 現在の天王洲アイルの開発計画が進んでいた当時、東京MIビル(現在の天王洲ファーストタワー)とスフィアタワーの間にある広場のデザインは誰がするべきか?という、つまらない駆け引きがあった。というのは、この広場は東京MIビルの施主とスフィアタワーの施主の共有の広場だったからである。それぞれのビルの設計者(東京MIビルの方は他ならぬ私、スフィアタワーの方は大手設計事務所のRIA)が案を持ち寄ったけれど、お互いのメンツもあって前に進まなかった。そこで、どちらの設計者でもないスタジオDUCAのK氏が連れて来られたのある。この広場の基本デザインはK氏によって描かれた。ただ実施設計以降は我々が行うことになったので、ディテールなどはだいたい私が作った。高層オフィスの間にある中庭であるが、竣工後四半世紀を経て、成熟したなかなか良い雰囲気になっている。
 註:過去にけっこう写真を撮ったはずなのだが、最近のものが見つからず、ここに載せている写真はインターネットで公開されているものを引用している。  

Current Tennohsu First Tower used to be called Tokyo MI building. The original owner of the building sold it many years ...
06/11/2018

Current Tennohsu First Tower used to be called Tokyo MI building. The original owner of the building sold it many years ago after Japanese bubble economy collapsed. It might be rare that the first work of an architect is a large high-rise building. But I cannot but say this is my first work as an architect. It was completed in July 1991, that is already more than 27 years since then.
The original client requested us to design this building to be as high as the limit of the floor-area ratio allowed. Then we got a big space on the ground floor. He also requested to leave this space no use.
There are 25 floors above this space. Nevertheless the columns in the middle seem rather slim considering the severe structural design criteria in Japan. The structural designer worked it well.
This space was used for filming movies and TV dramas several times soon after its completion.
 東京MIビルは今では天王州ファーストタワーと呼ばれている。オーナーはバブル崩壊後に代わった。建築家の処女作が高さ100mを超える高層ビルというのは珍しいだろうが、自分にとっての処女作と言えばやはりこのビルになる。このビルは1991年7月に竣工したから、もはや27年も前のことになる。
 当時の容積率の限り、高い建物を作るということで、1階は大きなスペースが空いた。施主はそこに何か特別な用途を想定するのではなく、ガランドウにしておいてくれ、と要望された。その結果がこのスペースとなった。
 上には25階分のオフィスが乗っかっているから、この中央の4本柱は太くなるところを、構造設計者も頑張ってスレンダーなものにしてくれた。「何ならなくそうか?」とまで言ってくれたのだが、さすがにそれは遠慮した。
 竣工して間もない頃、何度か映画のシーンとして使われた。そりゃ撮影には使いやすいだろう。

It is already more than 13 years since I drew this elevation. I made quite a few sketches for a restaurant project in As...
25/10/2018

It is already more than 13 years since I drew this elevation.
I made quite a few sketches for a restaurant project in Asakusa area of Tokyo, But we had to break up with the client after all.
There seem to be both orthodox one and just entertainment in the field of literature. What about architecture? I feel architecture is considered to be serious and honest to the time. It is true?
How are the general people thinking about it? Some of the clients I have had did not like the style of modern architecture so much. How should we think about the boredom of modern and so-called progressive style of architecture? It has been a question for the past many years and will continue to be so.

もう13年以上も前になるのか。。
浅草にレストランを作るということで、立面案をいくつも作った。結局この後、施主とギクシャクした空気が漂い始め、確認申請直前まで行っていた仕事を清算して終わった。
文学には純文学、大衆文学というような分野が同時に存在することが許されている。建築はどうなんだろう?
こういう建物は格下に見られている、少なくとも建築学会や建築家協会などの世界では評価対象外になっている。
しかし、一般の人々はどうなんだろう?
現代建築の退屈さ、というものをどのように脱出すればよいだろうか?そういうことも考えて行きたい。

住所

Niiza-shi, Saitama

電話番号

+819098275480

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