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えひめ古民家情報ナビ 築200年超の古民家で生活、建築設計事務所を自営しています。古民家?

自宅長屋門で、建築設計事務所を営んでいる一級建築士 古民家建築の専門家 與那原浩です。私が住んでいる妻の実家【太宰家】の玄関を紹介します。式台は、元は下駄箱兼用のものがありましたが、シロアリの被害を受け朽ちていたので、10年前のリフォームの...
28/02/2016

自宅長屋門で、建築設計事務所を営んでいる一級建築士 古民家建築の専門家 與那原浩です。私が住んでいる妻の実家【太宰家】の玄関を紹介します。

式台は、元は下駄箱兼用のものがありましたが、シロアリの被害を受け朽ちていたので、10年前のリフォームの際に新しく造り変えました。式台の框は地松の梁材を転用しています。

時計を掛けている柱が大黒柱です。杉の8寸角(240㎜)で、大黒柱としては標準的な大きさになります。太宰家の柱は、そのほとんどが杉材が使われています。「なぜ桧を使わなかったのか」の答えは思案中です。

大黒柱に掛っている古い時計は、義母が嫁いできた頃にはすでに掛っていたというから、すでに50年以上昔のものですが、毎日ねじを巻くと、ちゃんと動いて、ボンボンボーンと時報を鳴らしてくれています。

板の間の材は松材が使われています。200年以上経っても艶があります。1800年代の昔から、どれだけの人がこの板を踏んでいるのでしょうか。

暗い玄関の中で、光線の当たり具合によって、この板が鏡の様に光ることがあります。まさしく鏡板です。

鏡のように輝くまで、私が想像しているより、ずっと多くの人々がこの板の上を通って、座敷にあがっていたのでしょう・・・

座敷から見下ろすと、広がる玄関や土間で、昔どんなことが行われてきたのでしょうか。

村の祭りごとや茅葺屋根の葺き替えの際には、かなり大勢の人々が集まってきたと聞いています。多い時には何百人もの人々が、土間奥の釜で煮炊きした食事を、賑やかにふるまわれたそうです。

今は静かな玄関ですが、目をつぶってみると、その時の喧騒が聞こえてくるようです。

家を大切に住み継いできた太宰家の人々の思いが、200年以上の時がたち、重厚な造りの玄関として輝きを放って、来客を迎えているように感じました。

自宅長屋門で、建築設計事務所を営んでいる一級建築士 古民家建築の専門家 與那原浩です。私達家族は、周囲を田園に囲まれた築200年超の古民家 太宰家で暮らしています。太宰家は、妻の実家です。沖縄県宮古島生まれ、群馬育ちの私には、古民家での暮ら...
14/02/2016

自宅長屋門で、建築設計事務所を営んでいる一級建築士 古民家建築の専門家 與那原浩です。

私達家族は、周囲を田園に囲まれた築200年超の古民家 太宰家で暮らしています。太宰家は、妻の実家です。

沖縄県宮古島生まれ、群馬育ちの私には、古民家での暮らしは、魅力がいっぱいで、お手本にするような納まりが満載です。

いつも、古の棟梁や職人達に思いを馳せ、伝統建築の魅力をしみじみ感じています。

縁側を通して室内に入ってくる風のここちよさ、夏の日射や雨風から守ってくれる深い軒先、三和土(たたき)の土間に広がる小屋梁のダイナミックさ、繊細な格子の建具の美しさ、土壁の 持つぬくもりと調湿機構、黒光りした松の床板など ・・・

先人の造り上げた建築には、自然と共に共存しながら生活していくための知恵が溢れています。現代の住宅において、忘れ去られた これら日本建築のよさを、私のつくる建築に遺していきたいと思っています。

これから時々、太宰家の魅力を発信していきたいと思いますので、ご愛読のほどよろしくお願い致します。

愛媛県宇和島市三間町にある旧庄屋 太宰家は、主屋と蔵が江戸後期の文化・文政時代(1804年~1830年)の建築と言われています。6代目の時に、庄屋の株を買って、この地域の庄屋となったそうです。太宰家の建築的特徴は、表裏並行に三室ずつ並ぶ藩政...
13/02/2016

愛媛県宇和島市三間町にある旧庄屋 太宰家は、主屋と蔵が江戸後期の文化・文政時代(1804年~1830年)の建築と言われています。6代目の時に、庄屋の株を買って、この地域の庄屋となったそうです。

太宰家の建築的特徴は、表裏並行に三室ずつ並ぶ藩政時代の典型的な豪農の間取りを持っているということです。部分的には、土間に沿って、”役人座”と呼ばれる板張りの間、『御用場』(記帳の間)があります。

ここは、年貢などの記帳・年貢検見の役人の座った場所と言われています。前の間と居間は一室として寄合衆の間として使われ、座敷・控えの間はこの家の表向きの部屋とされています。なお、南面の離れは、昭和初期に増築されたものです。

長屋門の中にある男衆部屋(おとこしべや)は門番みたいな機能を持たせていました。居室だけでなく、一石二鳥の役割を持たせているところが、とても感心しています。

江戸時代末期から、築200年以上たったとは思えないほど、いまだに重厚な威光を放っている太宰家は、三間町のシンボルとも言えます。

13/02/2016

住所

三間町大内
Uwajima-shi, Ehime
7981136

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